東京地方裁判所 平成9年(行ウ)66号 判決 1998年12月25日
東京都中野区上高田三丁目六番三号
原告
細井きく江
右訴訟代理人弁護士
横井治夫
東京都中野区中野四丁目九番一五号
被告
中野税務署長 小林孝雄
右指定代理人
本田敦子
同
須藤哲右
同
横尾輝男
同
伊藤浩視
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
被告が原告に対し平成五年七月八日付けでした平成二年三月一七日相続開始(被相続人細井稔)に係る相続税の更正処分(ただし、審査裁決により一部取り消された後のもの)のうち、課税価格一二億九四九五万八〇〇〇円、納付すべき税額一二七一万七一〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分(ただし、審査裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。
第二事案の概要
本件は、夫の死亡により開始した相続に係る相続税について更正処分を受けた原告が、その相続に係る別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)及び同目録二記載の建物(以下「本件建物」といい、本件土地と併せて「本件不動産」という。)の課税価格を計算するに当たり、平成八年法律第一七号(以下「本件改正法」という。)による改正前の租税特別措置法(以下「措置法」という。)六九条の四の規定(相続開始前三年以内に収得等をした土地等又は建物等についての相続税の課税価格の計算の特例。以下「本件特例」という。)を適用することは、行政法規不遡及の原則、遡及課税立法禁止の原則に反し許されないものである旨、また、夫が本件土地を取得したのは、相続開始時の三年以上前であるから、本件土地の課税価格の計算については本件特例の適用はない旨主張し、本件不動産の課税価格の計算に当たり本件特例を適用してされた右更正処分(ただし、審査裁決により一部取り消された後のもの)には、課税価格、相続税額を過大に認定した違法があるとして、右更正処分及びこれに伴う過少申告加算税の取消しを求めている事案である。
一 関係法令の定め
1 相続税においては、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の収得の時(相続の場合でいえば相続開始の時)における時価により評価するのが原則であるが(相続税法二二条)、本件特例は、個人が相続若しくは遺贈により取得した財産又は個人が贈与により取得した財産で相続税法一九条(相続開始前三年以内の贈与財産の相続財産への加算)の規定の適用を受けるもののうちに、その相続開始前三年以内にこれらの相続又は遺贈に係る被相続人が取得又は新築をした土地等又は建物等(被相続人の居住の用に供されていた土地等又は建物等ほか一定の要件に該当するものは除く。)がある場合には、同法一一条の二に規定する相続税の課税価格に算入すべき価額又は同法一九条の規定によりその相続税の課税価格に加算される贈与により取得した財産の価額は、同法二二条の規定にかかわらず、その土地等又は建物等の取得価額として政令で定めるものの金額(土地等にあっては、その土地等の取得に要した金額及び改良費の合計額をいい、建物等にあっては、その難物等の収得に要した金額並びに設備費及び改良費の額の合計額からその建物等の取得の日からその相続の開始の日までの期間に係る所得税法施行令一二〇条一項一号イに規定する定額法に準じて大蔵省令で定めるところにより計算した金額(償却数相当額)を控除した金額をいう(措置法施行令(ただし、平成八年政令第八三号による改正前のもの。以下同じ。)四〇条の二第三項)。)とするという租税特別措置を定めたものであり、昭和六三年法律第一〇九号により創設されたものである。
2 本件特例は、本件改正法により廃止されたが、平成八年一月一日前に相続若しくは遺贈により取得した本件特例に規定する土地等若しくは処物等又は贈与により取得した本件特例に規定する土地等若しくは難物等のうち相続税法一九条の規定の適用を受けるものでその適用に係る相続が同日前に開始したものに係る相続税については、原則として、従前の例によることとされている(本件改正法附則一九条一項)。ただし、個人が平成三年一月一日から平成七年一二月三一日までの間に相続若しくは遺贈により取得した本件特例に規定する土地等又は贈与により取得した本件特例に規定する土地等のうち相続税法一九条の規定の適用を受けるものでその適用に係る相続が当該期間内に開始したものを有する場合における相続税法の規定によるその個人に係る相続税額(ただし、各種の税額控除前の相続税額をいう。)は、措置法七〇条の六第二項の規定の適用がある者以外の者の場合、その個人に係るその土地等及びその建物等について本件特例の適用があるものとして相続税法一五条から一七条までに定めるところにより算出した金額(その個人が同法一八条の規定の適用がある者である場合には、同条の規定を適用して算出した金額)と、その土地等について本件特例の適用がなく、かつ、本件特例に規定する建物等について本件特例の適用があるものとした場合におけるその個人に係る相続税法一五条一項に規定する相続税の課税価格に相当する金額に一〇〇分の七〇の割合を乗じて算出した金額とのいずれか少ない金額とする旨の経過措置(本件改正法附則一九条三項)が設けられた。
二 前提となる事実(以下の事実のうち、証拠を掲記したもの以外は、当事者間に争いがない事実である。)
1 当事者
原告は、平成二年三月一七日に死亡した亡細井稔(以下「亡稔」という。)の妻であり、亡稔の相続人の一人である。なお、亡稔の相続人は原告及び亡稔の子ら合計六人である。
2 亡稔による本件土地の取得等の経緯
(一) 瀬古澤邦男(以下「瀬古澤」という。)は、株式会社サンフジ企画(以下「サンフジ企画」という。)との間で、昭和五八年三月二二日、本件土地をサンフジ企画に仮設建物(展示円住居建物及びその関連施設)設胆のための一時使用の用地とし、期間を同年四月一日から昭和六一年九月末日までの三年六か月として賃貸する旨の土地一時賃貸借契約を締結し、昭和五八年四月一日以降、サンフジ企画は本件土地を隣接地とともに住宅展示場として利用していた(甲一、二)。
(二) 原告は、瀬古澤との間で、昭和六一年三月三日、本件土地を総額七億五〇七〇万四〇〇〇円で買い受ける旨の売買契約(以下「本件契約」という。)を締結し、同日、手付金として五〇〇〇万円を支払った。
本件契約においては、売主及び買主は本件土地の実測面稲を九三八・三八平方メートルとして本件契約を締結するが、その引渡し前さらに地積の実測を行い、その結果地積に増減が生じた場合は、一平方メートル当たり八〇万円の割合により、右売買代金を増減清算する旨の約定がされていた。
(三) 亡稔は、瀬古澤に対し、右売買代金として、<1>昭和六一年三月四日に内金二五〇〇万円、<2>同年一〇月一日に内金二億円、<3>昭和六二年三月三一日に内金四億四八二〇万円を支払った(乙四)。また、本件土地の面積は、実測の結果、契約時に前提とした地積(九三八・三八平方メートル)より九・三八平方メートル減少したため、本件土地の売買代金残金は二〇〇〇万円となることが確定し、そこで、原告は、瀬古澤に対し、<4>昭和六二年八月三日に残代金二〇〇〇万円を支払った。
(四) 本件土地については、<1>昭和六一年一〇月一日、債務者を亡稔、根抵当権者を株式会社富士銀行、極度額を二億七五〇〇万円とする根抵当権設定登記がされ、<2>同月一六日、同年三月三日売買(条件売買代金完済)を原因として亡稔に対する条件付所有権移転仮登記が経由され、また、<3>昭和六二年四月一日、同年三月三一日売買を原因として同人に対する所有権移転登記がされている。
3 亡稔による本件建物の取得の経緯
(一) 亡稔は、本件建物を建築し、本件建物は、昭和六三年三月一五日ころ完成した。本件建物の建築工事請負人である武井和男は、同月一五日付けで工事完了引渡証明書を作成し、亡稔に交付した。
(二) 本件建物については、いずれも、昭和六三年五月六日、同年三月一五日新築を原因として表示登記がなされ、同月一二日、所有者を亡稔とする所有権保存登記が行われた。
4 課税処分等の経緯
亡稔の死亡により開始した相続(以下「本件相続」という。)に係る原告の相続税(以下「本件相続税」という。)についての課税処分等の経緯は、以下のとおりである(別紙「本件課税処分の経緯」参照)。
(一) 原告は、本件相続税について、その申告期限内である平成二年九月一七日、課税価格を一二億九四九五万八〇〇〇円、納付すべき税額を一二七一万七一〇〇円とする申告をした。
(二) 被告は、原告に対し、平成五年七月八日付けで、課税価格を一八億一三一四万七〇〇〇円、納付すべき税額を一億六一六三万五五〇〇円とする更正処分、過少申告加算税の額を二一三〇万一五〇〇円とする過少申告加算税賦課決定処分及び重加算税の額を九三万一〇〇〇円とする重加算税賦課決定処分を行った。
(三) 原告は、右更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を不服として、平成五年九月八日、被告に対し異議申立てをしたが、被告は、平成六年三月一四日付けで右異議申立てを棄却する旨の決定をした。
(四) 原告は、右異議決定を経た後の右更正処分等をなお不服として、平成六年三月一四日、国税不服審判所長に対し審査請求をした。同所長は、右重加算税賦課決定処分を併せて審理することとし、平成八年一二月一七日付けで、右更正処分のうち、課税価格一七億八七〇八万七〇〇〇円、納付すべき税額一億五六七三万七七〇〇円を超える部分を取り消し、また、右過少申告加算税賦課決定処分のうち過少申告加算税の額二〇九三万一〇〇〇円を超える部分、右重加算税賦課決定処分のうち重加算税の額八万〇五〇〇円を超える部分をいずれも取り消し、その余の審査請求を棄却する旨の裁決をした(以下、右審査裁決により一部取り消された後の右更正処分、過少申告加算税賦課決定処分及び重加算税賦課決定処分をそれぞれ「本件更正処分」、「本件過少申告加算税賦課決定処分」及び「本件重加算税賦課決定処分」といい、本件更正処分と本件過少申告加算税賦課決定処分を併せて「本件更正処分等」という。)。
三 本件更正処分等の適法性に関する被告の主張
1 本件更正処分
本件相続税の課税価格及び納付すべき税額は、別表1の「課税価格等の計算明細表」及び別表2の「税額算出表」に記政のとおりであり、その算出根拠は、以下の(一)及び(二)に記載のとおりである(争いがない部分はその旨を付記した。)。また、本件更正処分が適法であることは、以下の(三)に記載のとおりである。
(一) 課税価格の合計額(別表1の符号19の「合計額」欄の金額)
三〇億〇九七六万六〇〇〇円
右金額は、次の(1)記載の相続により取得した財産の総額(別表1の符号12の「合計額」棚の金額)から次の(2)記載の控除すべき債務等の総額(別表1の符号16の「合計額」欄の金額)を控除した後の金額に、次の(3)記載の相続開始前三年以内に亡稔から贈与により収得した財産の価額(別表1の符号18の「合計額」欄の金額)を加算した金額(ただし、国税通則法(以下「通則法」という。)一一八条一項の規定により、亡稔の相続人である原告及びその他の相続人の合計六名(以下、原告を含め「本件相続人ら」という。)につき、各人ごとに課税価格の一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの。)である。
(1) 相続により取得した財産の総額(別表1の符号12の「合計額」欄の金額)
三九億六三八九万〇四二八円
右金額は、本件相続人らが相続により取得した財産の総額であり、その内訳は次のとおりである。
ア 土地の価額(別表1の符号1の「合計額」側の金額)
三四億二四七六万二三一九円
右金額の内訳は、別表3―1及び3―2のとおりであり、このうち同表の符号2ないし13及び符号16ないし33の金額は、原告が平成二年九月一七日に提出した亡稔に係る相続税の申告書(以下「本件中告書」という。)に記載された金額と同額である。本件土地は、亡稔の相続開始前三年以内に亡稔が取得したものであるから本件特例を適用し、本件土地の課税価格はその取得価額に基づいて算定することになり、そうすると、その金額は、本件土地の売買代金七億四三二〇万円に仲介手数料二八二五万円を加算した七億七一四五万円(同表の符号14のとおり)となる。
(同表符号14の金額を除き争いがない。)
イ 家屋の価額(別表1の符号4の「合計額」柵の金額)
二億五七一七万四五一一円
右金額の内訳は、別表4のとおりであり、このうち、同表の符号1の金額は本件申告書に記載された金額と同額である。
本件建物は、亡稔の相続開始前三年以内に亡稔が取得したものであるから本件特例を適用し、本件建物の課税価格はその収得価額に基づいて算定することになり、そうすると、その金額は、本件建物及び付帯設備の工事代金二五五〇万円から、本件建物の取得の日である昭和六三年三月一五日から相続開始の日である平成二年三月一七日までの期間に係る減価消却費の額に相当する金額三四一万五六七八円(措置法施行令四〇条の二第三項)及び本件建物を賃貸するに当たって受領した礼金等のうち賃借人に返還を要しないこととなる金額一五万円を控除した二一九三万四三一三円(同表の符号3のとおり)となる。(同表符号3の金額を除き争いがない。)
ウ 構築物の価額(別表1の符号7の「合計額」欄の金額)
二二二万八〇九五円
右金額は、本件申告書に記載された金額と同額である。
(争いがない。)
エ 有価証券の価額(別表1の符号8の「合計額」欄の金額)
二億〇四一九万九一二一円
右金額の内訳は、別表5のとおりであり、このうち、同表の符号6ないし14及び符号16ないし19の金額は、本件申告書に記載された金額と同額である。
(争いがない。)
オ 現金・預貯金の価額(別表1の符号9の「合計額」欄の金額)
五八二五万三三一三円
右金額の内訳は、別表6のとおりであり、このうち、同表の符号1及び符号3ないし8の金額は、本件中告書に記載された金額と同額である。
(争いがない。)
カ 家庭用財産の価額(別表1の符号10の「合計額」棚の金額)
二〇万円
右金額は、本件申告書に記載された金額と同額である。
(争いがない。)
キ その他の財産の価額(別表1の符号11の「合計額」欄の金額)
一七〇七万三〇六九円
右金額は、本件申告書に記載された金額と同額である。
(争いがない。)
(2) 控除すべき債務等の総額(別表1の符号16の「合計額」欄の金額)
九億八三一四万六七五八円
右金額は、相続税法一三条及び一四条の規定に基づき、本件相続人らが相続により取得した財産から控除すべき債務の総額であって、その内訳は、別表7のとおりであり、このうち、同表の符号1ないし8の金額は、本件申告書に記載された金額と同額である。
(争いがない。)
(3) 三年以内の贈与加算額(別表1の符号18の「合計額」欄の金額)
二九〇二万六四一二円
右金額は、本件相続人らが、本件相続開始前三年以内に亡稔から贈与により取得した財産について、相続税法一九条(平成六年法律苑二三号による改正前のもの。以下同じ。)の規定に基づき、純資産価額に加算される金額である。
(争いがない。)
(二) 原告の納付すべき相続税額(別表2の符号12の「原告」欄の金額)
一億五六七四万一六〇〇円
右金額は、相続税法一五条ないし一七条、及び一九条の二(一五条及び一六条については、平成四年法律第一六号による改正前のもので、一九条の二については、平成六年法律第二三号による改正前のもの。)の各規定に基づき、次のとおり算定したものである。
(1) 本件相続人らの課税価格の合計額(別表2の符号1の「合計額」欄の金額)
三〇億〇九七六万三〇〇〇円
右金額は、前記(1)記載の金額である。
(2) 遺産に係る基礎控除額(別表2の符号2の「合計額」欄の金額)
八八〇〇万円
右金額は、課税価格の合計額から控除すべき基礎控除額であり、相続税法一五条の規定に基づき、四〇〇〇万円と八〇〇万円に六(相続税法一五条二項の規定により、基礎控除額計算上の相続人数は六人となる。)を乗じて算出した四八〇〇万円との合計額である。
(争いがない。)
(3) 課税遺産総額(別表2の符号3の「合計額」欄の金額)
二九億二一七六万六〇〇〇円
右金額は、右の(1)の金額から(2)の金額を控除した金額である。
(4) 法定相続分に応ずる取得金額(別表2の符号5の各金額)
次の各金額は、相続税法一六条の規定に基づき、本件相続人らが法定相続分に応じて取得したとした場合(相続税法一五条二項の規定により、相続人のうち養子は一人として計算する。)の課税遺産額であり、右(3)の金額に右相続人らの法定相続分をそれぞれ乗じて算出したもの(ただし、通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの。)である。
ア 原告分(法定相続分二分の一) 一四億六〇八八万三〇〇〇円
イ その他の相続人分(実子四人、養子一人)
(法定相続分一〇分の一)各二億九二一七万六〇〇〇円
(5) 相続税の総額(別表2の符号6の「合計額」欄の金額)
一六億七五九九万〇一〇〇円
右金額は、右(4)のア及びイの各金額に相続税法一六条の規定を適用してそれぞれ算出した金額の合計額(通則法一一九条一項の規定により、各人ごとに一〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの。)である。
(6) 原告の相続税額(別表2の符号8の「原告」欄の金額)
九億九五一四万四四二四円
右金額は、相続税法一七条の規定に基き、右(5)の金額に按分割合(別表2の符号1の「原告」欄の金額を同符号の「合計額」欄の金額で除した割合)を乗じて算出した金額である。
(7) 原告の贈与税額控除の額(別表2の符号9の「原告」欄の金額)
四〇万七七〇〇円
右金額は、相続税法一九条の規定に基づき、純資産価額に加算されることとなった贈与財産に課せられた贈与税の額であり、本件申告書に記載された金額と同額である。
(8) 配偶者の税額軽減額(別表2の符号10の「原告」欄の金額)
八億三七九九万五〇五〇円
右金額は、相続税法一九条の二の規定に基づき、亡稔の配偶者である原告に対し軽減される相続税額であり、その算出の経緯は別表8のとおりである。
(争いがない。)
(9) 原告の納付すべき相続税額(別表2の符号12の「原告」欄の金額)
一億五六七四万一六〇〇円
右金額は、右(6)の金額から右(7)及び(8)の金額を控除した後の金額(通則法一一九条一項の規定により、一〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの。)である。
(三) 本件更正処分の適法性について
右のとおり原告が納付すべき相続税額は、一億五六七四万一六〇〇円となるところ、右金額は、本件更正処分に係る原告が納付すべき相続税額一億五六七三万七七〇〇円を上回るから、本件更正処分は適法である。
2 本件過少申告加算税賦課決定処分の根拠及び適法性について
(一) 本件過少申告加算税賦課決定処分及び本件重加算税賦課決定処分の根拠
(1) 過少申告加算税の額 二〇九三万一〇〇〇円
右金額の算出の経緯は、別表9のとおりである。
(2) 重加算税の額 八万〇五〇〇円
右金額の算出の経緯は、別表9のとおりである。
(原告において争っていない。)
(二) 本件過少申告加算税賦課決定処分の適法性
原告は、亡稔に係る相続税の課税価格及び納付すべき税額を過少に申告していたものであり、過少に申告したことについて通則法六五条四項に規定する正当な理由も存しない。したがって、原告に課されるべき過少申告加算税の額は、通則法六五条一項、二項の規定を適用して算出すると前記(一)の(1)のとおりとなるところ、本件過少申告加算税賦課決定処分に係る過少申告加算税の額は、右金額と同額であるから、右決定処分は適法である。
四 争点及び争点に関する当事者の主張
本件の争点は、本件相続税の課税価格の計算に当たり、本件不動産について本件特例を適用すべきか否かであり、具体的には、<1>本件不動産について本件特例を適用することが行政法規不遡及、遡及課税立法禁止の原則に反し違法、違憲となるか否か、<2>亡稔が本件相続の開始前三年以内に本件土地を取得したものと認められるか否かが問題となる。
右争点に関する当事者の主張は、次のとおりである。
1 本件不動産について本件特例を適用することが行政法規不遡及、遡及課税立法禁止の原則に反し適法、違憲となるか否かについて
(原告の主張)
(一) 行政法規の不遡及の原則とは、租税法規を含め行政法規の効力の発生前に終結した事実について、当該法規を適用しないという原則である。行政法規の遡及適用を認めることは、一般に、法治主義の原則に反し、予測可能性を奪うなどの問題があるので、是認することはできないと解されている。
すなわち、過去の事実や取引から生ずる納税義務の内容を納税者の不利益に変更する遡及立法は原則として許されないと解すべきであり、人々は、現在妥当している租税法規に依拠しつつ、換言すれば、現在の法律に従って課税が行われることを信頼しつつ、各種の取引を行うのであるから、後になって、その信頼を裏切ることは、租税法律主義のねらいである予測可能性や法的安定性を害することになる。憲法は、この点について明文の規定をおいていないが、憲法八四条は、納税者の信頼を裏切るような遡及立法を禁止する趣旨を含んでいると解することができる
(二) これを本件の場合にあてはめてみると、本件特例は、相続税の課税価格に算入すべき土地等の価格について、相続開始時における路線価等による時価評価の原則の例外を設け、右価格を路線価による評価額を超える取得価額とする旨の規定であって、納税義務の内容を納税者の不利益に変更するものであるから、本件不動産の取得が、本件特例の効力発生ないし納税者が本件特例の創設を最も早く予測できた日であるその創設を含む税制調査会の中間答申(以下「本件中間答申」という。)の日の前に終結していたのであれば、本件不動産について本件特例を適用することは、行政法規の不遡及、遡及課税立法禁止の原則から許されないということになる。
本件土地の売買取引は、亡稔が、本件土地の地積更正完了に伴い、売買代金の清算金二〇〇〇万円を支払った昭和六二年八月三日に終結した。また、本件建物は、昭和六三年三月一五日に完成している。これに対し、本件特例の施行日は同年一二月三一日であり、本件中間答申の日は同年四月二八日である。
したがって、亡稔による本件不動産の取得の原因となる取引が、本件特例の施行日及び本件中間答申の日のいずれよりも前に終結していたことは明らかである。
したがって、本件不動産について本件特例を適用することは、行政法規不遡及、遡及課税立法禁止の原則に反し違法、違憲であるから、到底許されないといわざるを得ない。
(三) 被告は、本件不動産について本件特例を適用することは、行政法視不遡、遡及課税立法禁止の原則に反するものではないとし、その理由として、本件特例の効力発生前ないし本件中間答申の日の前に被相続人が一定の財産を取得した事実は、相続税法における納税義務を生じさせる過去の事実に該当しないことを挙げている。
しかし、租税法規の効力の発生前に終結した事実について当該法規を適用してはならないという場合、「終結した事実」とは「納税義務を生じさせる」過去の事実や取引をいい、それ以外の事実はこれに含まれないというのは明らかな誤りである。すなわち、遡及課税立法禁止の原則は、租税法規を過去に遡って適用し、納税義務の内容を納税者の不利益に変更することは許さないとするものであるから、遡及立法による不利益変更が禁止されるのは、「納税義務の内容」が納税者に不利益に変更される場合であることはいうまでもない。本件特例は、相続税の課税価格に算入すべき土地等の価格について、相続開始時における路線価等による時価評価の原則の例外を設け、右価格を路線価等による評価額を超える取得価額とする旨の規定であるから、「納税義務の内容」を納税者の不利益に変更するものである。そして、本件不動産を取得した原因となる取引は、そのような租税法規の変更を納税者が最も早く予見できた本件中間答申の日より前に終結していたのであるから、本件不動産について本件特例を適用することが遡及課税立法禁止の原則に反することは明らかである。
(被告の主張)
(一) 行政法規不遡及の原則とは、原告が主張するように、「行政法規の効力発生前に終結した事実について、当該法規を適用しないという原則」であり、右原則は租税法規の場合にも妥当するものであるところ、右原則が、予測可能性及び法的安定性の確保のために認められるものであることからすれば、右原則にいう「(行政法規の効力発生前に)終結した事実」とは、租税法規においては納税義務を生じさせる過去の事実や取引をいうものであり、相続税において、納税義務を生じさせる過去の事実とは、被相続人の死亡等及びこれらに伴う財産の取得という事実をいうものと解される(相続税法一条参照)。
したがって、例えば、本件特例の効力発生前に被相続人が死亡したことにより財産を取得した相続人に課される相続税について、本件特例を適用するという場合は、明らかに行政法規不遡及、遡及課税立法禁止の原則に反することになる。これに対し、本件特例の効力発生前ないし本件中間答申の日の前に被相続人が一定の財産を取得したという事実は、相続税法における納税義務を生じさせる過去の事実には該当しないので、右事実から直ちに相続人に課される相続税について本件特例を適用することが行政法規不遡及、遡及課税立法禁止の原則に反するということにはならない。
(二) 所得税法等の一部を改正する法律(昭和六三年法律第一〇九号)附則(以下「昭和六三年法律第一〇九号附則」という。)七三条では、「新組税特別措置法第六九条の四の規定は、施行日の翌日以後に相続…開始したものに係る相続税について適用する。」と規定している。そして、本件特例は、右附則一条により昭和六三年一二月三〇日(右改正法の公布の日)から施行されていることから、本件特例は昭和六三年一二月三一日以後に相続が開始したものについて適用されることとなる。
亡稔に係る本件相続は、平成二年三月一七日に開始しているのであるから、右に述べた本件特例の施行日以降に相続が開始していることは明らかであり、本件相続税の算定に当たり本件特例を適用することは、行政法規不遡及の原則に反するものではない。亡稔による本件不動産の取得の日は相続開始前三年以内であり(本件土地の取得の日が相続開始前三年以内であることについては後記2(被告の主張)に記載のとおりである。)、したがって、本件不動産の課税価格の算定に当たり本件特例を適用することは、右附則の文理解釈上当然の帰結であるうえ、行政法規不遡及の原則に反するものでもなく、何ら問題がないというべきである。
この点に関する原告の主張は失当である。
2 亡稔が本件相続の開始前三年以内に本件土地を取得したものと認められるか否かについて
(被告の主張)
(一) 本件特例の対象となる土地建物等は、被相続人の相続開始前三年以内に取得されたものに限られているところ(本件特例の一項)、そもそも相続税が、人の死亡によって財産が移転する機会を捉えてその移転対象たる財産に対して課される租税であり、相続開始当時に死者たる被相続人の所有に確定的に帰属していた財産を意味するから、ある財産が本件特例にいう「相続開始前三年以内に…被相続人が取得」したものであるというためには、被相続人が相続の開始前三年以内に当該財産の財産権を確定的に取得している必要があるのは当然のことと解される。そして、被相続人により当該財産の財産権が確定的に取得されたのがいつであるか、すなわち、本件特例における取得の日がいつであるかについて、「租税特別措置法(相続税法の特例のうち、農地等に係る納税猶予の特例及び延納の特例開係以外)の取扱いについて」(平成元年五月八日付け直資二一二〇八)六九の四一三は、他から取得した土地等については、原則としてこれらの引渡しを受けた日としている。右通達において「原則として」と定めているのは、例えば、引渡しを受けた日前に取得代金の金額を支払済みであるなど、引渡しを受けた日をもって当該不動産の取得の日とすることが実態にそぐわない場合が例外的に考えられるからである。
したがって、右引渡しを受けた日の判断に当たっては、形式的な占有の移転だけを右判断の要素とするのでなく、実質的な支配管理がいつの時点で移転したかという観点から判断すべきであり、売買代金の決済状況及び所有権移転登記手続その他使用収益の開始等実質的に支配管理の移転をうかがわせる事実の有無等を総合して判断すべきである。
(二) 次の各事実からすれば、亡稔が、本件土地の引渡しを受けた日は、昭和六二年三月三一日というべきである。
(1) 本件契約によれば、<1>売主は、売買代金の全額の受領と同時に本件土地の引渡しをなし、かつ本件土地について所有権移転登記申請手続を完了させる、<2>最終代金の支払は昭和六二年四月一日とする、<3>本件土地より生ずる収益若しくは本件土地に賦課される公租公課又はガス、水道料金等の一切を、引渡しの時を境として日割りにより清算する旨それぞれ定められている。
(2) 亡稔は、本件契約に基づき、本件土地の売買代金を、昭和六一年三月三日五〇〇〇万円(手付金)、同月四日二五〇〇万円(内入金)、同年一〇月一日二億円(中間金)、昭和六二年三月三一日四億四八二〇万円(残金)、同年八月三日二〇〇〇万円(清算金)の前後五回に分けて、それぞれ支払った。そして、本件土地については、昭和六一年一〇月一六日、同年三月三日売買(条件 売買代金完済)を原因として亡稔に対する条件付所有権移転仮登記が経由され、また、昭和六二年四月一日、同年三月三一日売買を原因として同人に対する所有権移転登記が経由された。
(3) 亡稔は、本件土地上の駐車場設備を昭和六二年六月末日に取得し、同年七月一日から駐車場経営に係る収益を得ている。
(三) 本件においては、亡稔による本件土地の「取得等の日」を「引渡しの日」以外の日とすべき例外的な事情はなく、したがって、本件土地の「取得等の日」は、本件土地の所有権が亡稔に移転し、同人に引渡しがなされて、同人がこれを支配管理するに至ったと認められる昭和六二年三月三一日であるというべきである。
(原告の主張)
本件特例は、相続の開始前三年以内に被相続人が取得した土地等に適用されるものであるが、本件特例に係る「取得等の日」とは、取得者が当該不動産の引渡しを受けた日、すなわち、「当該不動産を確定的に取得した日」をいうものと解されるところ、不動産等を確定的に取得したかどうかは契約条項などの形式的な基準ではなく、当該不動産等の取引の個別的事情に照らして実態に即して実質的に認定されるべきである。
右のような実質的な判断基準によれば、亡稔が本件土地の引渡しを受けた日は、次に述べるとおり、昭和六二年三月一四日であるというべきである。
(一) 本件土地は、内山義男所有の隣地とともにサンフジ企画が賃借し、茨城新聞社主催の住宅展示場(土浦ハウジングセンター)として利用されていた。亡稔は、土浦駅東口に位置する本件土地の立地条件に着目し、当面、有料駐車場として利用するため、瀬古澤から本件土地を購入することとし、昭和六一年三月三日、瀬古澤との間で本件契約を締結して不動産売買契約公正証書(以下「本件公正証書」という。)を作成した。
瀬古澤とサンフジ企画との本件土地の賃貸借契約の終了期限は同年九月末日となっていたが、亡稔は、瀬古澤との間で、住宅展示場の移転先確保の所要期間を考慮して六か月先の昭和六二年四月一日を契約上の引波日とすること、サンフジ企画においてそれまでに住宅展示場の移転先を確保してこれを解体すると同時に本件土地を買主に引き渡すことを約定していた。
(二) 右約定に基づき、昭和六二年二月下旬、移転先が確保された住宅展示場の解体工事が開始され、同年三月一四日にその解体工事が終了し、亡稔は右解体工事の終了と同時に本件土地の引渡しを受けた。なお、亡稔は本件土地の隣地の所有者とともに、住宅展示場解体後の本件土地を有料駐車場として利用すべく、亡稔の長男である細井淳一が代表者となっている五月産業株式会社(以下「五月産業」という。)にその管理運用を委託しており、したがって、本件土地の引渡しは、瀬古滓より引渡しの指示を受けたサンフジ企画から右受託者である五月産業に対して行われた。そして、右引渡しにより、本件土地についてのサンフジ企画の賃借権は消滅した。
昭和六二年三月一四日、五月産業は、サンフジ企画から住宅展示場の事務所など残存施設を譲り受けるとともに、本件土地の引渡しを受けて、これを現実に占有し、外柵を設置しその占有関係を明確にして、管理を開始した。これに伴い、五月産業は、本件土地の南側に所在している株式会社市村工務店に本件土地の管理を委嘱して管理事務所を設置するとともに、有料駐車場の案内板を掲示するなどした。
なお、亡稔から本件土地の管理運営の委託を受けた五月産業は、本件土地の引渡しを受けた後、直ちに駐車場の造成工事に着工することとしていたが、そのころ、本件土地の住宅展示場があった部分の一部地中にコンクリートパイルが埋め込まれたままになっていることが判明し、その抜取り処理が必要になったため、駐車場の造成工事及びそのオープンは同年七月初旬まで延びることになった。
(三) 亡稔は、瀬古澤に対し、本件土地の売買代金として、昭和六一年三月三日の契約締結時、手付金五〇〇〇万円、同月四日、中間金二五〇〇万円、さらに同年一〇月一日、中間金二億円の合計二億七五〇〇万円を支払った。右合計金額は、本件土地の売買代金七億五〇七〇万四〇〇〇円の約三七パーセントに相当する金額であり、手付金と中間金の合計額としては異例の高率である。これは、瀬古澤の強い要請によるものであるが、その見返りとして、瀬古澤は、同年一〇月一日までに、亡稔のため、瀬古澤を債務者として本件土地についてされたすべての根抵当権設定登記の抹消登記手続をしたうえ、亡稔を債務者、亡稔側融資銀行を根抵当権者として、支払済みの売買代金相当額二億七五〇〇万円を極度額とする根抵当権設定登記手続をし、さらに、亡稔を権利者として売買代金完済を条件とする条件付所有権移転仮転登記手続をした。
これによって、本件契約の当事者が本件契約を解約する余地は事実上なくなっていた。なぜなら、売主が、本件土地を他に転売するためには、受領済みの売買代金内金二億七五〇〇万円を返還するほか、手付金五〇〇〇万円と売買代金七億五〇七〇万四〇〇〇円の二〇パーセント相当額一億五〇一四万〇八〇〇円の合計額二億〇〇一四万〇八〇〇円を違約損害金として支払ったうえ、極度額二億七〇〇〇万円の根抵当権を抹消しなければならなくなり、他方、買主も、それだけの多額の資金を投資した以上、手を引くことはできない状態になったからである。
(四) 右のような経緯により、昭和六二年三月一四日までには、売主である瀬古滓が本件土地について設定していた根抵当権、賃借権などその所有権の行使を阻害する負担はすべて消去され、本件土地は、完全に所有権を行使できる状態で買主である亡稔に引き渡され、亡稔の占有管理が開始されたものであり、したがって、亡稔は、同日をもって本件土地の引渡しを受け、その所有権を確定的に取得したものというべきである。
第三当裁判所の判断
一 本件不動産について本件特例を適用することが行政法規不遡及、遡及課税立法禁止の原則に反し違法、違憲となるか否かについて
1 行政法規をその効力発生前に終結した過去の事実に適用することは、法治主義に反し、一般国民の生活における予測可能性、法的安定性を害するものであって、原則として許されないものと解される。このことは租税法規の場合にも当然妥当するものである。すなわち、過去の事実や取引を課税要件とする新たな租税を創設し、あるいは過去の事実や取引から生ずる納税義務の内容を納税者の不利益に変更するいわゆる遡及立法は、現在の法規に従って課税が行われるとの一般国民の信頼を裏切り、その経済生活における予測可能性や法的安定性を損なうことになるのであって、その合理性を基礎づける特段の根拠がない限り、租税法律主義を定める憲法八四条の趣旨に反し、許されないものと解される。
2 原告は、本件特例は、相続税の課税価格に算入すべき土地等の価格について、相続開始時における路線価等による時価評価の原則の例外を設け、右価格を路線価等による評価額を超える取得価額とする旨の規定であって、納税義務の内容を納税者の不利益に変更するものであるから、本件不動産の取得が本件特例の効力発生ないし納税者が本件特例の創設を最も早く予測できた日である本件中間答申の日の前に終結していたのであれば、本件不動産について本件特例を適用することは、行政法規不遡及、遡及課税立法禁止の原則から許されない旨主張する。
しかしながら、租税法規不遡及、遡及課税立法禁止の原則は、過去の事実や取引を課税要件とする新たな租税を創設し、あるいは過去の事実や取引から生ずる納税義務の内容を納税者の不利益に変更するいわゆる遡及立法を許さないとする趣旨のものである。そして、相続税において、納税義務を生じさせる過去の事実に当たるのは、被相続人の死亡等及びこれらに伴う財産の取得という事実であると解される(相続税法一条)。
したがって、本件特例の効力発生前に被相続人が死亡したことにより財産を取得した相続人に課される相続税について、本件特例を適用するという場合は、行政法規不遡及、遡及課税立法禁止の原則に反することになり許されないと解されるが、本件特例の効力発生前ないし本件中間答申の日の前に被相続人が一定の財産を取得したという事実は、相続税法における納税義務を生じさせる過去の事実には該当しないのであって、相続人に課される相続税の課税価格の算定に当たって、右財産に本件特例を適用することが直ちに行政法規不遡及、遡及課税立法禁止の原則に反するということにはならないというべきである。
3 昭和六三年法律第一〇九号附則一条によれば、本件特例の創設を含む同法律は、公布の日(公布の日は昭和六三年一二月三〇日である。)から施行するものとされ、また、右附則七三条によれば、「新租税特別措置法第六九条の四の規定は、施行日の翌日以後に相続若しくは遺贈により取得した同条二項に規定する土地等若しくは建物等又は贈与により取得した当該土地等若しくは建物等のうち新相続税法第一九条の規定の適用を受けるものでその適用に係る相続が同日以後開始したものに係る相続税について適用する。」と規定されているから、本件特例は昭和六三年一二月三一日以後に相続が開始したものについて適用されることになるところ、本件相続は平成二年三月一七日に開始しているから、本件特例の施行日以降に相続が開始していることは明らかであり、本件相続に係る課税価格の算定に当たって、本件不動産に本件特例を適用することが行政法規不遡及、遡及課税立法禁止の原則に反するとは到底いうことができない。
なお、前記第二の一2記載のとおり、本件特例は本件改正法により廃止され、平成八年一月一日以降に開始した相続に係る相続税について本件特例を適用する余地はなくなったわけであるが、かかる税制の改正が右の判断を左右するものではないことはいうまでもない。
原告のこの点に関する主張は、採用することができない。
二 亡稔が本件相続の開始前三年以内に本件土地を取得したものと認められるか否かについて
1 前記第二の一1記載のとおり、本件特例は、被相続人が相続開始前三年以内に取得又は新築をした土地等又は建物等(適用除外不動産を除く。)に限って、その適用対象とするものである。そして、本件特例に係る「取得等の日」とは、被相続人が当該土地等又は建物等に対する実質的な支配を有するに至り、その財産権を確定的に取得したと認められる日をいうものと解するのが相当である。
2 そこで、本件不動産について、これをみるに、前記第二の二2記載の事実に証拠(甲一、六、九の1、2、一〇の1、2、一一(後記採用しない部分を除く。)、乙二、四、五の1、2、六ないし一三、証人細井淳一(後記採用しない部分を除く。))及び弁論の全趣旨を併せると、次の事実が認められる。
(一) 瀬古澤は、サンフジ企画との間で、昭和五八年三月二二日、本件土地をサンフジ企画に仮設建物(展示用住居建物及びその関連施設)設置のための一時使用の用地とし、期間を同年四月一日から昭和六一年九月末日までの三年六か月として賃貸する旨の土地一時賃貸借契約を締結し、昭和五八年四月一日以降、サンフジ企画は本件土地を隣接地とともに住宅展示場として利用していた。
(二) 原告は、瀬古澤との間で、昭和六一年三月三日、本件土地を総額七億五〇七〇万四〇〇〇円で買い受ける旨の本件契約を締結し、同日、手付金として五〇〇〇万円を支払った。
本件契約においては、<1>売主は、売買代金全額の受領と同時に本件土地の所有権移転及び引渡しをし、かつ、所有権移転登記申請手続を完了しなければならない、<2>本件土地に抵当権、質権、先取特権又は賃借権その他本件土地の所有権行使を阻害する負担のあるときは、売主は所有権移転登記申請の時までにこれを抹消し、完全な所有権を買主に移転しなければならない、<3>買主は売主に対し、買受代金を次のとおり分割して支払う。すなわち、昭和六一年三月四日限り二五〇〇万円、同年一〇月一日限り二億円、昭和六二年四月一日四億七五七〇万四〇〇〇円をそれぞれ支払う。ただし、最終代金の支払の際は既に交付した手付金を代金に充当し、その残額を支払えば足りるものとする、<4>売主は、最終代金受領時までに、現在サンフジ企画に賃貸し、同社が住宅展示場として使用している本件土地について、その地上のすべての建物、建築物を撤去し、これを更地に整地して買主に引き渡すものとする、<5>売主は、昭和六一年一〇月一日付けの内金受領後、直ちに本件土地に設定してある根抵当権全部を抹消したうえ、買主の融資先銀行のため銀行を債権者、買主を債務者とする債権額二億円の順位一番の抵当権を設定するとともに、買主のために売買による所有権移転請求権保全の登記をするものとする、<6>売主及び買主は本件土地の実測面積を九三八・三八平方メートルとして本件契約を締結するが、その引渡前さらに地積の実測を行い、その結果地積に増減が生じた場合は、一平方メートル当たり八〇万円の割合により、前記売買代金を増減清算する、<7>本件土地より生ずる収益若しくは本件土地に課される公租公課又はガス、水道料金等の一切を、引渡しの時を境として日割りにより清算する旨の約定がなされた。
(三) 瀬古澤とサンフジ企画とは、昭和六一年七月二日、土浦簡易裁判所で次の内容の即決和解をした。
(1) 瀬古澤とサンフジ企画は、本件土地に関する一時使用土地賃貸借契約を同日合意解除する。
(2) 瀬古澤は、サンフジ企画に対し、本件土地の明渡しを昭和六二年三月末日まで猶予し、サンフジ企画は、同日限り本件土地を明け渡す。
(3) サンフジ企画は、瀬古澤に対し、昭和六一年八月一日から同年九月末日まで月額五六万七七〇〇円の損害金を、同年一〇月以降昭和六二年三月末日まで月額六二万四四七〇円の損害金を支払う。
(4) サンフジ企画が、右(2)の明渡義務の履行を遅滞したときは、サンフジ企画は瀬古澤に対し、昭和六二年四月一日から本件土地のフ明渡し済みに至るまで一日当たり六万二四四七円の割合による損害金を支払う。
サンフジ企画は、右和解条項に従い、瀬古澤に対し、同年三月分までの賃料相当損害金を支払っている。
(四) 亡稔は、瀬古澤に対し、右売買代金として、<1>昭和六一年三月四日に内金二五〇〇万円、<2>同年一〇月一日に内金二億円、<4>昭和六二年三月三一日に内金四億四八二〇万円を支払った。また、本件土地の面積は、実測の結果、契約時に前提とした地積(九三八・三八平方メートル)より九・三八平方メートル減少したため、本件土地の売買代金残金は二〇〇〇万円となることが確定し、そこで、原告は、瀬古澤に対し、<5>同年八月三日に残代金二〇〇〇万円を支払った。
(五) 本件土地の固定資産等の公租公課は、昭和六二年三月末日をもって清算されており、亡稔は、本件土地の昭和六二年度分の固定資産税等のうち、九か月分を負担している。
(六) 昭和六一年一〇月一日までに、瀬古澤が本件土地に設定していた根抵当権は全部抹消された。そして、本件土地については、<1>昭和六一年一〇月一日、債務者を亡稔、根抵当権者を株式会社富士銀行、極度額を二億七五〇〇万円とする根抵当権設定登記がされ、<2>同年一〇月一六日、同年三月三日売買(条件売買代金完済)を原因として亡稔に対する条件付所有権移転仮登記が経由され、また、<3>昭和六二年四月一日、同年三月三一日売買を原因として同人に対する所有権移転登記がされている。
(七) 亡稔は、本件土地の駐車場として利用することとし、その管理運営を同人の長男細井淳一が代表者となっている五月産業に委託した。五月産業は、昭和六二年六月九日、日本鋪道株式会社に駐車場造成工事を発注し、同月二〇日ころ、右駐車場造成工事は完成し、同年七月初旬、本件土地の駐車場としての利用が開始された。
3(一) 右認定のとおり、本件契約においては、本件土地の所有権は、売買代金全額の支払が行われたときに瀬古澤から亡稔に移転し、その所有権移転と同時に引渡しも行われるものと合意されていたところ、本件契約が締結された昭和六一年三月三日に手付金五〇〇〇万円が支払われ、その後本件契約に従い順次売買代金の中間金が支払われていき、同年一〇月一六日、同年三月三日売買(条件 売買代金完済)を原因として亡稔に対する条件付所有権移転仮登記が経由され、昭和六二年三月三一日に内金四億四八二〇万円が支払われ、同年四月一日、同年三月三一日売買を原因として亡稔に対する所有権移転登記がされていること、亡稔と瀬古澤との間では、本件契約に従い、本件土地の固定資産税等の公租公課は、昭和六二年三月末日をもって清算されており、亡稔は、本件土地の昭和六二年度分の固定資産税等のうち、九か月分を負担していること、瀬古澤と同人から本件土地を賃借していたサンフジ企画との間では、瀬古澤がサンフジ企画に対し同年三月三一日まで本件土地の明渡しを猶予する旨の合意が成立しており、サンフジ企画は瀬古澤に対し同日までの賃料相当損害金の支払をしていること、本件土地につき駐車場の造成工事が完成し、亡稔が実際に本件土地の利用を開始したのは同年七月初旬であることからすれば、亡稔は、清算金を除く売買代金の支払が完了した同年三月三一日に本件不動産の所有権を確定的に取得したものと認めるのが相当である。
(二)(1) この点につき、原告は、前記第二の四2(原告の主張)(一)ないし(三)記載の各事実から、昭和六二年三月一四日までには、売主である瀬古澤が本件土地について設定していた根抵当権、賃借権などその所有権行使を阻害する負担はすべて抹消され、本件土地は、完全に所有権を行使できる状態で買主である亡稔に引き渡され、亡稔の占有管理が開始されたものであり、亡稔は、同日をもって本件土地の引渡しを受け、その所有権を確定的に取得したものというべきである旨主張するところ、細井淳一作成の陳述書には右主張に沿う記載があり、同人は、証人として、同趣旨の供述をしている。
(2) ところで、昭和六二年三月一四日までに、瀬古澤が本件土地に設定していた根抵当権がすべて抹消され、サンフジ企画との間の本件土地の賃借契約も合意解除されていたことは、前記2に認定したとおりであり、また、証拠(甲二ないし五)及び弁論の全趣旨によれば、サンフジ企画の代表者は、昭和六二年三月一四日に本件土地上に建てられていた管理事務所等を解体せずに五月産業に引き渡した旨を記磯した平成五年一月二八日付けの書面を作成し、これを亡稔の相続人代表あてに交付していること、また、昭和六二年当時サンフジ企画の住宅展示場解体担当者であった江口忠雄は、同社は、移転先の湖北住宅展示場の造成工事等を昭和六二年二月末日までに終了し、その後、住宅展示場の各ハウス解体後の同社の共用設備の解体に着手し、同年三月一四日には右解体工事を終了し、また、その時には外柵工事も完了していた旨の平成六年九月一四日付けの書面を作成し、これを亡稔の相続人側に交付していること、亡稔から委託を受けた五月産業は、サンフジ企画所有の住宅展示場内の看板を譲り受け、有限会社高森看板製作所に依頼してその看板の外枠を利用して有料駐車場の看板に作り替えたこと、事業主体としての五月産業の社名と五月産業が管理を委託した株式会社市村工務店の社名が明記された右看板は昭和六一年三月一四日ころ完成したことが認められる。
しかしながら、右の各事実は、亡稔から本件土地の管理運営の委託を受けた五月産業が、サンフジ企画から住宅展示場の一部の施設を譲り受けたことをうかがわせるものではあるが、それらの事実だけから、本件公正証書の契約条項とは異なり、住宅展示場の解体工事の完了時に本件土地を引き渡す旨の合意が当事者間に成立していたとか、瀬古澤が亡稔に対し、昭和六三年三月一四日までに本件土地の引渡しをしたとかの事実を認めることは到底できない。
(3) また、瀬古澤作成の平成五年二月一日付けの亡稔の相続人代表あての書面(甲八)には、本件土地は、住宅展示場解体中の昭和六二年三月一四日、亡稔へ引き渡した旨記載されていることが認められる。
しかしながら、乙八によれば、瀬古澤は、その後、担当の税務職員に対し、本件土地を同年三月三一日より前に亡稔に引き渡した事実を否定し、右書面は、細井淳一らが持参したものであり、同人らから要請されるまま、その内容についてはよく考えずに署名、押印したものである旨述べていることが認められる。したがって、右書面の記載をそのまま信用することはできない。
(4) 前記原告主張によれば、瀬古澤は、売買代金総額の約四割しか受領していない時点で本件土地を亡稔に対して引き渡したということになるが、そのような事態は、通常考えられないことであり、むしろ、前記2認定の事実からすれば、本件土地は、昭和六二年三月三一日までサンフジ企画が占有していたものであり、同日、サンフジ企画から瀬古澤に対する本件土地の明渡しが完了し、同時に、本件土地が亡稔に引き渡されたものと認めるのが相当である。
前記(2)記載の事実を併せてみても、原告主張に沿う細井淳一の前記陳述書の記載、証人細井淳一の前記供述は、前記2掲記の各証拠に照らしてたやすく信用することができず、他に前記原告主張事実を認めるに足りる証拠はない。
4 以上のとおり、本件土地は、被相続人である亡稔が本件相続の開始日である平成二年三月一七日の前三年以内に取得したものと認められるから、本件相続税の課税価格の計算に当たっては、本件土地に本件特例を適用すべきものというべきである。
三 本件更正処分の適否について
1 本件相続税の課税価格の計算に当たって、本件不動産に本件特例を適用するとした場合に、本件相続により原告が取得した財産のうち土地及び家屋の価額が、それぞれ別表3―1及び3―2並びに別表4記載のとおりとなることは、原告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。
2 そして、別表3―1及び3―2並びに別表4記載の土地及び家屋の価額を前提として、本件相続税の課税価格及び納付すべき税額を計算すると、前記第二の三、別表・及び2記載のとおり、その課税価格は一七億八七〇九万四〇〇〇円、納付すべき税額は一億五六七四万一六〇〇円となる。
なお、亡稔が本件土地を取得したのは、昭和六二年三月三一日であり、本件相続が開始したのは、平成二年三月一七日であるから、本件については本件改正法附則一九条三項の適用はない(前記第二の一2参照)。
3 右のとおり、課税価格は一七億八七〇九万四〇〇〇円、納付すべき税額は一億五六七四万一六〇〇円となるところ、右各金額は、本件更正処分に係る課税価格及び納付すべき税額を上回るから、本件更正処分は適法というべきである。
四 本件過少申告加算税賦課決定処分の適否について
原告は、亡稔に係る相続税の課税価格及び納付すべき税額を過少に申告していたものであり、過少に申告していたことについて通則法六五条四項に規定する正当な理由は認められない。そして、本件更正処分が適法であるとした場合に、原告に課されるべき過少申告加算税の額が本件過少申告加算税賦課決定処分に係る過少申告加算税の額と同額になることは、原告において明らかに争わないところである(右事実は、本件記録中の本件裁決に係る裁決書謄本の写しによっても認められる。)。
したがって、本件過少申告加算税賦課決定処分は適法である。
第四結論
よって、原告の本件請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 青柳馨 裁判官 増田稔 裁判官 篠田賢治)
別紙 物件目録
一 土地
所在 茨城県土浦市港町一丁目
地番 三四五九番二
地目 雑種地
地積 九二九平方メートル
二 建物
1 所在 東京都羽村市双葉町三丁目一一七五番六〇
家屋番号 一一七五番六〇の一
種類 居宅
構造 木造スレート茸三階建
床面積 一階 三一・九六平方メートル
二階 三一・九六平方メートル
三階 二四・三〇平方メートル
2 所在 右1に同じ
家屋番号 一一七五番六〇の二
種類、構造、床面積 右1に同じ
別紙
本件課税処分の経緯
<省略>
別表1 課税価格等の計算明細表
<省略>
別表2 税額算出表
<省略>
別表3-1 土地の価額の明細表
<省略>
別表3-2 土地の価額の明細表
<省略>
別表4 家屋の価額の明細表
<省略>
別表5 有価証券の価額の明細表
<省略>
別表6 現金、預貯金の価額の明細表
<省略>
別表7 負債等の金額の明細表
<省略>
別表8 配偶者の税額軽減額の計算明細書
<省略>
別表9 原告の加算税の額の計算明細書
<省略>